中山寺の五重塔は青龍塔と名付けております通り、日本ではあまり例を見ない青色であることが特徴です。これは仏の智恵と、東西南北を司る四神のうち東方を司る青龍をイメージしています。
五重塔の地下には、ネパールのダルマキールティ僧院より請来された仏舎利(お釈迦様のお骨)が祀られ、また、各層の四隅には釈迦涅槃図さながらにバッタ、トンボ、龍などの生き物の飾り瓦を配しています。これは、さまざまなな生き物が一体となって、仏塔すなわち釈迦仏法を末永く護ってもらいたいという願いを表したものです。
塔の内部には、中心を通る心柱を大日如来と捉え、心柱を背にして東は阿閦(あしゅく)如来、南は宝生(ほうしょう)如来、西は無量寿(むりょうじゅ)如来、北は不空成就(ふくうじょうじゅ)如来の金剛界五仏をお祀りしています。
寺伝によれば今から約四〇〇年前、荒木村重の乱により中山寺は甚大な被害を受け、多宝塔や五重塔を含む堂塔伽藍は灰燼となりました。その後、慶長八年(一六〇三)に豊臣秀頼により伽藍が再興されましたが、この時には、古絵図に遺る多宝塔や五重塔の再建は叶いませんでした。
それから四〇〇年あまりの時を経た平成十九年、まず多宝塔(大願塔)が再建され、その十年後の平成二十九年、五重塔の再建がなされ『青龍塔』(しょうりゅうとう)と名付けました。これにより、長年の悲願であった多宝塔と五重塔が当山の伽藍に再び揃うこととなりました。
五重塔の再建にあたり、現存当時の姿をうかがい知ることはできませんでした。そのため、国宝に指定されている木津川市の海住山寺や福山市の明王院の五重塔を参考に設計、建築された木造五重塔です。
高さは約二十八メートルあり、初層に裳階(もこし)が設けられているのが特徴です。裳階とは、建物を風雨から守るための屋根であり、塔の外観を美しく見せる効果もあります。一見すると六層に見えるのはこのためで、裳階付きの五重塔は海住山寺や法隆寺などにしか見られない数少ない様式となっています。
心柱には岡山県美作市にある大野神社の樹齢四〇〇年の檜を用い、その他の材には吉野檜を用いて、日本建築の伝統的な木工技法により再建された五重塔になります。